「どうしたら能を理解することが出来るのか?」
能会の主催者側という立場上私がよく受ける質問です。
飛天双○能に携わってかれこれ私は12年を迎えるのですが
能を理解出来たという意識からは依然として私は遠い。
寧ろ、一層不可解な物としての想いが強い。
問う人と同じ位置にいる私は
「その方法を共に探そう、能の世界に近づき身体で受けよう」
と答えにならない答えをしてきました。
我々の飛天双○能の開催目的は
能に全く縁のない人たちがこの古典に近づくために始められ
そのかけ声は「能はライブだぜ!」となりました。
『風姿花傳』から発想を得たこの文句は
先代観世銕之丞先生に企画を提示した時の
ヘッドコピーになり開催の承諾を得られました。
通常見かけぬ観客が能楽堂に参集すると
能役者諸氏も反応してライブになるのでは。
慣れた訳知りの客とそれに答えるだけの役者で
600余年続いたというこの芸能が
この先このまま保つとは思えない、と
銕之丞先生に見得を切ったことが懐かしい。
21世紀の経済、生活指針として
「三つのS」が主張されています。
それはスモール、スロー、シンプルですが
これはまさに能ではありませんか。 |
能楽堂における役者と観客の距離はスモール、
動きはスロー、構成はシンプルなのですから。
先ごろ雅楽を拝観しました。
それは時の流れがだらだらと過ぎる舞台でした。
招待者に感想を求められ私は窮しました。
唐時代の役人達のラジオ体操としか感じなかったのですから。
伝統と権威と安定に守られた芸能の姿が
そのおりの舞台にありました。
能の公演も長い。
昔は短かったとある能研究者が教えてくれました。
いまの時代は、時の流れる感覚が遙かにかつてより早いのに
多くの人々が長い舞台に我慢を強いられる不思議な芸能です。
理解できない、解らない、面白くないと軽く言えない雰囲気。
そんなことを発言すると感性不足と知性がない事を
表明してしまうのではないかという不安を醸し出し
何となく意見を押さえてしまう。
我々の共同体を強制する「空気」の見本でもありましょう。
主催者としても毎回毎回勉強と称して
不出来、失敗を繕う回数を無くさなければならないと
肝に銘じております。
皆々様、役者、実行委員会三つ巴に力を集め
何百年か繋がったこの芸能を次代に伝えて行きましょう。
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