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素謡 翁 狂言 瓜盗人 能 高砂


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次回の横浜飛天双○能

準備中

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過去の横浜飛天双○能

・第一回 かぐや姫・濯ぎ川・経政
・第二回 因幡堂・大会
・第三回 翁・瓜盗人・高砂
・第四回 鶴亀ノ語舞・鶴
・第五回 附子・梟・武悪・龍虎幻想
・第六回 千鳥・道成寺
・第七回 神鳴・一石仙人
・第八回 茶子味梅・唐船
・第九回 双○の能
・第十回 蟹山伏・養老
平成19年9月8日開催
新作能 横浜三時空

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横浜飛天双○能とは

リンク

横浜飛天双○能実行委員会


だから、やる。

  我が『ケンタウロス』は、モーターサイクル・クラブ、即ち“バイク乗り”の集まりである。

 一般的にバイクは他のどんな乗り物よりも危険とされている。それを百も承知の上で自らの背にリスクを背負う事を厭わず、疾走ることが即ち“生”を全うすることそのものであると信ずる。そしてまた遙か地平線の彼方に想いを馳せては、日夜鋼鉄の悍馬を駆り立て、己が求む修羅の道を進み究めんと欲する。 ……全ての“バイク乗り”がこうであるとは言い切れないかもしれない。しかし少なくとも我がケンタウロスのメンバーは、一人一人が確実に、かように『リスクを背負い、時代を駆け抜ける』者達である。

 バイクを現代の馬になぞらえるとき、その駆り手であるライダーは何となすべきか。ヨーロッパ風にナイト(騎士)といくか、それともアメリカ風にカウボーイか。 ―いやいや、ここはやはり日の本の国の『もののふ』(武士)こそがふさわしい。なぜなら彼ら武士こそ、常住坐臥“死”を間近に見据えつつ、研ぎすまされたライブ感覚で以て、紙一重ではあるがしかし確実に死線を見極め、そして見事に生き抜いた者達であるからだ。
―その生き様/生死観たるや、刀こそ帯びてはいないものの、まさに“バイク乗り”そのままではないか。

 『琵琶』に『茶の湯』に『能』、そういった彼ら『もののふ』達が愛した精神世界は、命脈としては多少細くなってきたとは言え、この現代にも着実に受け継がれている。わけても『能』こそは、その武士文化の体現の最たるものであると我々は信じている。―だから、やる。この『能』の会を。

 冥会と現世との交錯、陰と陽とのせめぎ合い……『能』の舞台構成は、見る者に常に何かを考え直させてくれる。―だから、やるのだ。 『双○能』を。

 『もののふ』と『バイク乗り』。駆け抜けた時代こそ違えども、時空を超えてなお通じるものがある筈だ。このぬくぬくとした時代を生きる内に我々が忘れてしまってきたもの。―『時代と確実に向き合いそして生き抜くために、時には修羅と化さねばならない』という空間を共有することで、是非とも互いの心の内に覚醒させたい。
―だから、やる。“近代の交差点”であるとも言えるこのヨコハマの地で。

 皆さん、1月8日に横浜能楽堂でお会いしよう。お待ちしている。

≪横浜ケンタウロス≫族長 飯田繁男



第3回横浜飛天双○能 おたつ記念
1999年1月8日(金)午後6時開場 午後7時開演 於:横浜能楽堂

主催:横浜飛天双○能実行委員会 協力:飛天オフィス プロデュース:大倉正之助
 

素謡 翁 (おきな)

翁    松井  彬 
三番叟  野村万之丞 
千歳   野村 晶人 
笛    松田 弘之 
小鼓頭取 柳原冨司忠 
脇鼓   福井 良治
脇鼓   後藤嘉津幸 
大鼓   大倉正之助


『翁は能にして能にあらず』と言われている。それほど他の曲とは別格に扱われており、また神聖視されている特殊な能なのである。
  演劇としての『能』と言うより、『天下太平』『国土安穏』『五穀豊穣』を祈る儀式的な祝言である。
 

狂言 瓜盗人 (うりぬすびと)

シテ 野村 良介 
アド 橋本 勝利 
笛  一噌 幸弘

 

半能 高砂 (たかさご)

シテ 長田  驍 
ワキ 安田  登 
笛  内潟 慶三 
小鼓 幸  信吾 
大鼓 大倉正之助 
太鼓 吉谷  潔



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